奈良の空気を静かに吸い込む、旅のプロローグ。
古都・奈良をめぐる旅の第二章。
「Destination NARA Vol.2」では、奈良の静けさに溶け込むような、美食と文化の交差点を辿りました。
古都・奈良を訪れると、土地に息づく時間の流れがゆっくりと肌に馴染んでくる。
派手さはないけれど、静かに、そして確かに語りかけてくるものがある。
この地に根付く文化や食材には、千年以上の時間が育てた確かな“ルーツ”がある。
大陸との玄関口として、仏教や薬草文化がいち早く根付いた奈良。
その影響は、今なお食卓や暮らしの端々に感じられる。
今回の旅では、そんな奈良の“静かな声”に耳を澄ませるように、土地の食材や技、空間が響き合う場を巡った。
控えめながらも芯のある自己表現。
それは「主張」ではなく「にじみ出る個性」として、料理やもてなしの中に確かに宿っていた。
DAY 1|博多駅から京都駅へ
旅の始まりは博多駅から。
奈良へ新幹線で直通するルートはないため、まずは京都駅を目指す。
車内では静かにコーヒーを飲みながら、街から山へと変わっていく景色を眺める時間。
京都までの約2時間半、旅のスイッチが少しずつ入っていく。
古都・奈良へ向かうには、京都あるいは大阪を経由するのが定石。
今回は京都駅で新幹線を降り、ここから奈良へのアクセスへと移る。
歴史の重なる都市をつなぎながら、目的地へ近づいていく感覚もまた、奈良旅らしい余韻を生んでくれる。
京都から奈良へ、近鉄特急で移動
新幹線で京都駅に到着後、近鉄京都駅へと乗り換え。
特急「奈良行き」の改札前には、奈良の大仏を大きく写したパネルや観光ポスターが並び、これから向かう土地への静かな期待感が高まる。
乗り込んだ近鉄特急は、週末ということもあってほぼ満席。
スーツケースを持った外国人観光客の姿も多く、奈良が世界に開かれた観光地であることを実感する。
発車後しばらくすると、車窓の左手に任天堂本社が見えてくる。
古都・京都の一角に現代カルチャーの象徴が立ち上がるこの景色もまた、印象的な一瞬。
そして約35分後、近鉄奈良駅に到着。
構内では、奈良県のマスコット「せんとくん」の立体像が出迎えてくれる。
そのすぐ隣には、修験道の僧侶と吉野の山並みを写した「Route to Peace, NARA」のポスター。
観光地としての表情の奥にある、奈良の精神文化の深さを静かに感じさせられる出迎えだった。
奈良駅から、バスで最初の目的地へ
駅構内のせんとくん像に軽く挨拶を交わして、バス乗り場へ。
改札を出てすぐのロータリーには「奈良公園方面 バスのりば」の案内が整然と並び、観光客にもわかりやすく設計されている。
目的地は、奈良公園や東大寺の方面。
ランチの予約時間に合わせて、アクセスの良い市内循環バスに乗車した。
車内は国内外の旅行者でにぎわいながらも、どこか落ち着いた空気。
窓の外には東向商店街のアーケード、町家をリノベーションした店々、そして鹿の姿がちらほらと。
奈良という土地の穏やかで柔らかな時間が、バスの揺れとともに身体にしみ込んでいく。
そして間もなく、最初の目的地となるランチの店が近づく。
今回は、静かなエリアに佇む一軒で、奈良ならではの食材と手仕事を堪能できると聞いて足を運ぶことにした。
町家の静けさに溶け込む「中國菜 奈良町 枸杞(くこ)」へ
バスを「紀寺町」停留所で降り、住宅街を抜けるようにして進む。
紀寺町のバス停から歩いて数分、車通りの多い通りを外れて小径に入ると、
そこには静けさが広がっていた。
瓦屋根の町家が点在する細い路地の奥に、今日の目的地「中國菜 奈良町 枸杞(くこ)」がひっそりと佇む。
控えめな表札と格子戸。植栽の緑に包まれ、まるで奈良の空気そのものを体現したかのような落ち着いた佇まい。
中国料理をベースにしながらも、奈良の文化や食材、土地の空気感と寄り添うように設計されたコース。
繊細な火入れや出汁の使い方から、素材の背景までが伝わってくるような構成で、
この地でしか味わえない一皿一皿に出会うことができた。
料理の詳細や店内の様子については、別記事にて改めてご紹介します。
- ADDRESS
奈良県奈良市紀寺町 913‑2
JR桜井線「京終駅」徒歩約12分
近鉄「奈良駅」徒歩約16〜20分
JR・近鉄奈良駅 → 紀寺町バス停下車、徒歩すぐ
- OPEN
火曜〜土曜
ランチ:11:30~14:00(11:30または12:00スタート)
ディナー:18:00スタート〜21:00閉店
定休日:日曜・月曜・祝日+不定休
- AWARD
ミシュラン一つ星&グリーンスター掲載
食べログ「中華WEST百名店2023・2024」「シルバー2025」
- COMMENT
- ※完全予約制。毎月1日21時から翌月分の予約受付(2月は2日)。
※靴を脱いで入店。
※電子マネー・カード不可、PayPay可。ドリンク注文なしの場合はサービス料10%。
ランチの余韻を抱えたまま、人気のかき氷店「ほうせき箱」へ
奈良町の路地裏で、静かに滋味深いランチを終えたあとは、歩いて次の目的地へ。
予約していたのは、奈良を代表するかき氷の人気店「ほうせき箱」。
アーケードの中にひっそりと佇む店舗のガラス越しには、
「氷」の文字が染め抜かれた布看板が揺れ、夏の訪れを告げていた。
見た目に惹かれ、味で惚れ込む一杯。「パステルフルーツ」@ほうせき箱
予約時間ぴったりに案内され、メニューから好きな一品を選ぶスタイル。
1ドリンク制で、オーダー後には席まで丁寧に運んでくれる。
カウンター越しに見えるのは、ふわふわと削られていく純氷。
48時間以上かけて凍らせた「純氷 JUNPYO」を使い、口の中で淡雪のようにほどける食感に仕上げている。
この日選んだのは、目にも鮮やかな「パステルフルーツ」。
ふわふわの氷に重ねられたのは、バタフライピー・マンゴーミルク・MIXラズベリー・ミルクといったシロップ。
上にはヨーグルトエスプーマがふんわりと乗り、名前のとおり淡く優しい色合いに仕上げられていた。
香りづけには柚子のシロップ。
さらに、キウイのソースが味の輪郭をきゅっと引き締めてくれる。
全体は軽やかで甘さも控えめ、後味も爽やか。
中でも印象に残ったのは、トップに添えられたハイビスカスゼリー。
ぷるんと弾力のある食感と、優しく控えめな甘さが氷やシロップと絶妙に調和し、
甘味というよりも“季節の景色を食べる”ような体験に仕上がっていた。
シロップの層やトッピングそれぞれが、明確な役割を持ちながら一体感を保っている。
見た目の可愛らしさに惹かれて選んだ「パステルフルーツ」だったが、味の完成度は想像を上回るもの。
最後まで一口ごとに表情が変わり、奈良の夏にふさわしい一杯として、しっかりと記憶に残った。
ディナーまでのひととき、JR奈良駅近くで一休み
昼の奈良町を満喫したあとは、夜のディナーまで少し時間が空いたため、
奈良市内でいったん小休止。
この日の宿泊先は橿原市内のホテル。
移動のタイミングを見計らいつつ、JR奈良駅近くにあるネットカフェ「コミックバスター」へ立ち寄る。
落ち着いた空間でPCを広げ、旅のメモを整理したり、軽く仕事を進めたり。
観光地の喧騒から少し離れて、静かに自分の時間を取り戻せるスポットとして、こうした場所のありがたさを感じる。
ひと息ついたところで、そろそろ夜の奈良へ。
このあと訪れるディナーの舞台へと向かう。
少しだけ、奈良の夕景とディナータイムへ
JR奈良駅近くの「コミックバスター」で軽く仕事を済ませたあと、再び外へ。
ディナーまでのわずかな時間、猿沢池のまわりを少し歩いてみる。
池のまわりには鹿の姿もちらほら。
興福寺の五重塔が見下ろすなか、少しずつ暮れていく空と、静かな水面が印象的だった。
観光地の中心にありながら、どこか落ち着いた空気が流れるこのあたりは、歩くだけで自然と呼吸が深くなるような場所。
一日を締めくくるには、こうした少しの余白が心地いい。
そして、この日の最後を飾るディナーへと向かう。
奈良の夜を静かに締めくくる、「お料理 ひろ岡」へ
猿沢池のまわりを歩いたあとは、街の一角に静かに暖簾を掲げる「お料理 ひろ岡」へ。
瓦屋根と木の質感を活かした玄関、足元に灯る行灯、そして店先には凛と咲く胡蝶蘭の鉢。
添えられた札には、「ミシュラン星獲得」の文字。
華美に飾り立てることなく、それでも確かな評価を受けたことが、静かに伝わってくる。
この夜は、その凛とした空間でいただく特別なひととき。
料理の詳細については、別記事にて改めてご紹介します。
奈良の余韻を胸に、夜の電車で大和八木へ
「お料理 ひろ岡」での食事を終えたあと、近鉄奈良駅から電車に乗って、今夜の宿がある橿原市へと向かう。
降り立ったのは、大和八木駅。
昼間のにぎわいが嘘のように静まり返ったホームには、旅の余韻と空腹を満たしたあとの心地よい疲れだけが残る。
橿原という地は、古代の都・藤原京のあった場所でもあり、奈良とはまた異なる歴史の空気を纏っている。
カンデオホテルズ橿原にチェックイン、そして夜のもうひと目的地へ
近鉄奈良駅から電車で大和八木駅へ。
この日最後の拠点となる「カンデオホテルズ橿原」にチェックイン。
洗練された星のエンブレムが浮かぶサインが、夜の光に柔らかく照らされている。
一日の締めくくりにふさわしい落ち着いた空間。
──そう思いつつも、まだ終わらせたくない夜があった。
実は、ここからもう一か所。
奈良に来たらどうしても訪れたかった場所があった。
タクシーに乗って向かったのは、「THE SAILING BAR」
カンデオホテルズ橿原にチェックインし、荷物を置いたあと、
どうしても立ち寄っておきたかった一軒へ。
タクシーに乗って静かな通りのビルに到着し、エレベーターで5階へ。
扉の先に広がっていたのは、「THE SAILING BAR」。
かつては会員制だった隠れ家バーは、今では誰でも訪れることができる特別な場所に。
アジアの「50 Best Bars」にも名を連ねる実力派ながら、肩肘張らずに過ごせる空気感と、バーテンダーの温かなもてなしが魅力の一軒です。
静謐な非日常の空間には、木目の美しいゆったりとしたカウンターと、完全個室。
棚には“お酒の図書館”のように世界中の銘酒が整然と並び、時間がゆっくりと流れていくような空気に包まれています。
このバーにはメニューがありません。
“カクテルは会話から生まれる”という哲学のもと、その日の気分や旅の話を通じて、バーテンダーが一杯を導いてくれます。
【1杯目:奈良クラフトジン「KIKKA GIN」のジントニック】
旅人であることを伝えると、奈良らしさを感じてほしいと提案してくださったのが、地元・奈良のクラフトジン「KIKKA GIN」を使ったジントニック。
まずはふわりと立ち上るボタニカルの香りに引き込まれ、口に含むと、すっきりとしたキレと奥行きのある味わいが広がります。
香り・味・余韻のすべてにおいてバランスが取れた一杯で、その土地の空気までを感じるような、記憶に残る味わいでした。
【2杯目:IPAジントニック】
次に提案していただいたのは、クラフトビールのIPAにインスピレーションを受けたジントニック。
ホップをジンに漬け込むことで、IPAらしい苦みと香りをしっかりと再現しつつ、トニックウォーターで軽やかに仕上げています。
仕上げには、パイナップルのコームをビールの泡に見立ててトッピング。
見た目はまさにビール、でも口に含めばジントニックという遊び心と技術が光る一杯。
トロピカルな甘みとホップの個性が調和し、クラシックなカクテルに新たな風を吹き込んだような印象でした。
“航海の途中に立ち寄る港”というコンセプトのもと、静けさと品の良さに満ちた空間で過ごす時間は、まさに心を整えるひととき。
THE SAILING BARは、ただお酒を飲みに来る場所ではなく、対話と体験を通して一杯を紡ぎ出す、特別なバーです。
店を牽引するのは、東京・大阪で腕を磨いたマスター・吉岡さん。
柔らかな口調と所作のひとつひとつに、美意識と経験の深さがにじみ出ています。
そしてもう一人、印象に残ったのが若いバーテンダーの存在。
接客は誠実で丁寧ながら、気取らず自然体。こちらの好みや会話の中からしっかりと嗜好を読み取り、それに応えるカクテルの提案が実に的確でした。
実際に彼が手がけたドリンクは、味わい・香り・ビジュアルすべてにおいて完成度が高く、今後ますますの活躍が楽しみになるようなセンスを感じました。
マスターと若手バーテンダー、二人のバランスが生み出す空気は、緊張感ではなく、柔らかな信頼とプロフェッショナリズムに満ちていて、居心地の良さにつながっているのだと感じます。
奈良に訪れたら、旅の締めくくりとしてぜひ立ち寄ってほしい。
静かに、確かに、心に残る体験をくれる、そんな一軒です。
- ADDRESS
〒633‑0065 奈良県桜井市吉備564‑3 SHRビル5F
近鉄・JR桜井駅よりタクシーで約1メーター(または大福駅から徒歩約14分)
- OPEN
18:00~翌1:00(ラストオーダー24:30)、休日:日曜・年末年始
- AWARD
アジアのバーで高く評価(アジアベスト50に選出)
- COMMENT
- 渡邉匠(Takumi Watanabe)氏が支配人/バーテンダーを務める
バーテンダー世界大会「World Class 2010」で日本代表として世界9位
自作カクテル「Takumi’s Aviation」は国際カクテルブックに掲載
カクテル中心だが、イタリアン姉妹店との連携でコース料理あり
コースメニュー例:4品¥4,400、6品¥6,600、8品¥8,800
旅の終わりに、静かにととのう時間を
バーをあとにしてホテルへ戻り、
少しだけ灯りを落とした部屋で、今日の出来事を振り返るひととき。
この日の宿は「カンデオホテルズ橿原」。
シンプルながら心地よいインテリアと清潔感に包まれた室内は、旅の終盤にふさわしい安堵感をもたらしてくれました。
そして、もうひとつの楽しみが、屋上のスカイスパ。
滞在者専用のこのスパは、夜中まで開いていて、奈良の空を仰ぎながら湯に浸かれる特別な場所。
湯けむりの向こうに浮かぶ月。
一日の終わりに、心も身体もじんわりとととのっていくような感覚。
静寂とあたたかさに包まれたその時間は、旅のクライマックスにふさわしい余韻をもたらしてくれました。
DAY 2|橿原の朝、瓦屋根の街を望む景色からスタート
2日目の朝は、ホテルの窓から眺める橿原の街並みでスタート。
遠くに連なる山々と、手前に広がる整然とした瓦屋根の家並み。
どこか懐かしさと温かさを感じさせる景色が広がります。
早朝にもかかわらず、ゆったりと走る近鉄電車の姿も。
時間が少しずつ動き出すその様子を、スパの余韻とともに静かに眺めていると、
今日という一日もまた特別な旅の続きであることを思い出させてくれます。
ランチは「#肉といえば松田」でショートコースを体験
旅の2日目、ランチに訪れたのは大和八木駅前のビル2階にある人気店「#肉といえば松田」。
「肉といえば」の名にふさわしく、入口からすでにただならぬ雰囲気を感じさせる一軒です。
この日は、ランチ限定のショートコースを体験。
リーズナブルながらも、肉の魅力をしっかり堪能できる内容で、満足感の高いひとときとなりました。
カジュアルな印象とは裏腹に、ひと皿ごとの火入れや構成にも繊細な工夫が見られ、
「ただの肉料理」に留まらない奥行きを感じさせてくれます。
ショートコースの詳細は、別記事にて改めてご紹介します。
肉の多彩な表情と、奈良の地で味わう価値について、ぜひそちらもあわせてご覧ください。
旅の余韻を受けとめる、京都・木屋町の予約困難な食堂。
ぷち奈良の旅、最後は近鉄・京阪を乗り継いで京都へ帰路に。
木屋町通りの人気店「食堂みやざき」でディナーをいただき、この2日間の余韻にひたる夜となりました。
旅の終わりに
旅とは、景色や料理だけでなく、その土地に流れる“空気”を感じるものなのかもしれません。
奈良の街には、時間の流れを少しだけ緩やかにしてくれる力がありました。
語りすぎない建物、控えめながら芯のある料理、静けさの中にある人の温もり。
どれも主張は強くないのに、じんわりと心に残り続ける。
表面的な華やかさではなく、その奥にある物語に耳を澄ませたくなるような。
この場所の“根”に触れるような、そんな感覚が随所にありました。
立ち止まることで見えてくるものがある。
そんなことを、改めて教えてくれる旅でした。
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