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菊鮨(きくずし)について
コンセプト
福岡県春日市の静かな住宅街にひっそりと佇む『菊鮨』。
1988年、地元密着の町寿司として創業し、2012年に二代目・瀬口祐介氏が継承してから、その存在感は一変。現在では、半年先まで予約困難といわれる福岡屈指の鮨の名店へと進化を遂げています。
その核にあるのは、「その日一番美味しいものを、一番美味しい状態で握る」という一貫した信念。決まった型にとらわれず、毎朝の仕入れからその日の構成を練り上げるライブ感が魅力で、常連客ですら“次にどんな一貫が来るか分からない”高揚感を楽しんでいます。
つまみ7〜8品と握り12貫ほどで構成されるおまかせコースは、九州を中心に全国各地の厳選素材を使用。シャリには佐賀県産の専用米を使用し、独自の乾燥・精米管理を経て、赤酢で仕上げるなど、細部にまで技と哲学が息づいています。
内装は、数寄屋造りをベースに、10席のみの白木のカウンター。その中心には、樹齢100年の銀杏の一枚板が据えられ、静謐な空気感を生み出しています。
「余計な装飾を排し、寿司と向き合う時間に集中してもらいたい」という想いが、空間からも伝わってきます。
ミシュランガイド福岡・佐賀・長崎2019特別版で一つ星を獲得。
味・空間・所作のすべてにおいて完成度の高い『菊鮨』は、福岡の鮨文化を語る上で欠かせない存在となっています。
大将:瀬口祐介
『菊鮨』の二代目大将・瀬口祐介氏は、若干27歳でその人生を大きく動かしました。
10年にわたり博多の名店で修業を積んだのち、単身モナコへ。五つ星ホテル内の鮨部門で指導的ポジションを任されるなど、若くして海外でも実力を示してきた異色の職人です。
帰国後、父から受け継いだ『菊鮨』を大胆に刷新。ネタの仕入れやシャリの温度、食材と食材の「間」まで徹底的にこだわり抜く姿勢が、瞬く間に評判を呼びました。
その手から生まれる一貫は、確かな技術と柔らかな感性が調和したもの。例えば、火入れひとつ取っても、わずかな温度差が素材の甘みや香りを引き出すことを熟知しており、すべての仕事に理由があります。
また、人柄の温かさもこの店の魅力のひとつ。
カウンター越しに語られる食材への思いや、客一人ひとりに向き合う真摯な姿勢に、初訪問でも自然と心がほどけていきます。
「華やかさではなく、記憶に残る一貫を」。
その言葉の通り、瀬口氏の握る寿司には、静かな情熱と深い美意識が込められています。
レストランの評価
『菊鮨』(旧店名:菊寿司)は、ミシュランガイド福岡・佐賀・長崎2019特別版において、一つ星を獲得した名店です。以降、福岡の鮨文化を牽引する存在として、その完成度は高く評価され続けています。
食の評価サイト「食べログ」によれば、菊鮨は2020年、2021年、2022年、2024年、2025年に「Tabelog Award Silver」を受賞し、2023年には「Bronze」として選出されています。これは長年にわたり安定した味とサービスの品質が支持されている証です。
さらに、フランス発のガストロノミーガイド「ゴ・エ・ミヨ(Gault & Millau)」にも2023年・2024年・2025年の掲載歴があり、15.5/20点という高得点で評価されています。料理・素材へのこだわりと構成力が、国際的な評価基準にも合致していることが窺えます。
ダイニングプレリュード
外観・エントランス
2025年に大規模な改装を経て、春日市の『菊鮨』はさらに凛とした佇まいをまといました。
もともと静かな住宅地にひっそりと構えていた店舗ですが、改装後は門から玄関に至るアプローチに石畳と竹垣が施され、まるで京都の町家を思わせるような品格を漂わせています。
門をくぐるとまず目に入るのは、手入れの行き届いた盆栽と灯籠。そこから数段の石階段を上り、左手には新たに設けられた待合室が。柔らかな照明に包まれた空間には白木のベンチが配され、静かに心を整える時間が流れます。
さらに今回の改装では、敷地内に新たな店舗も併設。こちらでは大将の弟子が鮨を握るセカンドラインのカウンターが用意されており、本店の流れをくむ確かな技術と味わいを、少しカジュアルに楽しむことができる構成です。
本店の格式と、敷地内の新店舗による柔軟な受け皿。
「菊鮨」という場がより豊かに、多層的になったことを感じさせるアップデートとなっています。
ダイニングスペース
玄関の格子戸を開け、一歩足を踏み入れると、そこには一切の無駄を削ぎ落とした凛とした空気が満ちています。
大将・瀬口祐介氏が静かに立ち、お出迎えの一礼。言葉数こそ少ないものの、その所作に込められた丁寧さと、寿司職人としての矜持が感じられます。
客席は一枚板の白木カウンター10席のみ。
天井には市松模様の組子細工、壁は趣のある錆び色の土壁と天然石を組み合わせ、伝統的でありながら現代的な静謐さを醸しています。
障子越しに柔らかな光が差し込み、店内全体に時間がゆったりと流れる感覚。
カウンターの中央には、職人の包丁と飯台が静かに置かれ、目の前で繰り広げられる握りの所作に、自然と視線が吸い寄せられます。まさに、“鮨をいただく”という行為そのものが儀式のように感じられる、そんな空間です。
「食事とは、ただ味わうだけでなく、五感で体験するもの」。
その信念を体現するような、美しさと緊張感、そしてやわらかな温度感が共存する空間でした。
スタータードリンク
席に着いてすぐに供されたのは、キンと冷えたノンアルコールビール。
美しいグラスに注がれた一杯は、白木のカウンターに美しく映え、泡の立ち上がりと共にふわりと爽やかな香りが立ち上ります。
この日は車での来訪だったためアルコールは控えたものの、最初の一口に求めていたのは「清涼感と緊張をほどく一本」。
その意味で、このノンアルコールビールはまさに理想的なスターターでした。
グラスの口当たりも良く、丁寧に冷やされた一杯に、この後始まる“鮨という体験”への期待が自然と高まっていきます。
一見何気ないようでいて、そのタイミング、温度、サーブの仕方に至るまで、もてなしの質の高さを感じさせてくれる一瞬でした。
開幕:大将によるシャリ切り
静かにノンアルコールビールを口に含み、心と身体が整った頃。
大将・瀬口祐介氏が木桶の前に立ち、いよいよ“鮨の時間”が動き出します。
まずは、シャリ切り。
佐賀県産の専用米を、湿度や気温によって炊き加減・酢加減を調整し、その日の握りに最も適した状態に仕上げていく――。その所作には、無駄が一切なく、ただ淡々と、しかし確信を持って米と向き合う姿があります。
木べらでシャリをすっと返し、赤酢の香りがふわりと立ちのぼる。
照明に照らされた湯気と共に、空間に一気に“鮨屋の時間”が立ち上がる瞬間。
握りの前に、この光景を目の前で見ることができるだけでも、すでにひとつのご馳走。
料理はまだ始まっていないのに、胸が高鳴り、期待が自然と高まっていく…そんな鮨の始まりにふさわしい、静かで力強い開幕でした。
実際に味わった料理
唐津の蒸し鮑と瀬戸内赤雲丹、秋田・じゅんさいの酢のもの
コースの幕開けを飾るのは、夏の訪れを告げるような涼やかな一皿。
唐津産の蒸し鮑は、ほどよく火が入り、やわらかくもしっかりと旨味を宿した仕上がり。その上にふんわりと添えられた瀬戸内産の赤雲丹は、濃密な甘みとミネラル感が口の中で優しく広がります。
そこに合わせるのは、秋田・三種町のじゅんさい。つるりとした喉越しの中に、わずかに酸をきかせた冷たい出汁酢が全体をまとめあげ、まるでひと口の中に初夏の水辺が広がるような、心地よい余韻を残します。
貝の旨味、雲丹の甘味、じゅんさいの涼感――
その三層が絶妙なバランスで寄り添い合い、序章にふさわしい、清らかで滋味深い一品でした。
五島のクエのお造り
二皿目は、五島列島から届いたクエのお造り。
淡く透き通るような白身に包丁が丁寧に入れられ、器の中に静かにたたずむ姿には、素材の美しさがそのまま表れています。
クエといえば冬の鍋物の印象が強いですが、夏のこの時期にいただくお造りもまた格別。
ほどよい弾力を感じさせながら、咀嚼するごとに旨味がじわりと広がり、身のしっとりとした質感が舌に心地よく寄り添います。
添えられた小葱と紅葉おろしを少しのせ、軽くポン酢をくぐらせていただくと、その淡白な中に潜む深い滋味が一層際立ち、清涼感と満足感が見事に同居する仕上がりに。
潔く、静かで、力強い――
まさに“夏の白身魚”の真骨頂を感じる、洗練されたお造りでした。
五島のイサキのお造り
続いて供されたのは、五島列島より届いたイサキのお造り。
皿の上で艶やかに光る切り身には、すでに店独自の味付けが施されており、醤油などをつけずそのままいただくスタイル。表面にほんのりとツヤを帯びた様子からも、しっかりと下仕事がなされていることが伺えます。
ひと口含むと、ややしっかりめの食感とともに、イサキ特有の香りと脂の甘みがじんわりと舌に広がり、そのあとに引くキレの良さが印象的。
添えられた薬味が素材の旨味をさらに引き立て、全体をすっきりとまとめ上げます。
素材の良さに頼るだけでなく、ひと仕事を加えて“食べ頃”を見極めて提供する、その感覚こそが職人の技。
シンプルながらも記憶に残る、完成された一品でした。
小柴の太刀魚 炭火焼き 青唐辛子と塩で
香ばしい香りとともに供されたのは、神奈川・小柴漁港から届いた太刀魚の炭火焼き。
美しく銀光りする皮目にはしっかりと火が入り、箸を入れるとふわりとほどけるような身質。まさに今が旬、脂の乗りが見事な一皿です。
味付けは、極めてシンプルに青唐辛子と塩のみ。
太刀魚本来の甘みとコクが際立つ中、青唐辛子のピリッとした清涼感がアクセントとなり、後味にキレをもたらします。
炭の香ばしさ、脂の旨味、塩と辛味のバランス。
すべてが直球でぶつかってくるような、潔く力強い構成でありながら、決して過剰にならず、むしろ一口ごとにじわじわと旨さが増していく…そんな“噛み締める系の美味しさ”。
刺身とはまた違う火入れの妙が、料理全体にさらなる広がりを与えてくれる一品でした。
毛蟹の茶碗蒸し
ひと息ついたタイミングで供されたのは、湯気を立てた熱々の茶碗蒸し。
蓋を開けた瞬間、ふわっと立ちのぼるのは毛蟹特有の濃密な香り。まるで蒸気ごと、蟹の出汁が押し寄せてくるような、そんな香り立ちに思わず背筋が伸びます。
表面には丁寧にほぐされた毛蟹の身がたっぷりとあしらわれており、ひと口すくうたび、蟹の繊細な繊維がなめらかな卵地と絡み合います。
出汁は澄みきった上品さを持ちながら、蟹の旨味をしっかりと抱え込み、奥深く、余韻まで心地よい。
口に含めば、ふわりと蟹の甘みと出汁の香りが広がり、ほのかな温かさが身体の芯まで染み入る感覚に。
温度・香り・舌触り、そして味のすべてが揃った、まさに“中盤の山場”とも言えるような構成力あるひと品でした。
焼きマナガツオの海苔巻き
握りに入る前の名物のひと品。
香ばしく焼き上げたマナガツオを、パリッとした海苔で挟み、大将の手から直接手渡されます。
カウンターならではのこの距離感がたまらなく嬉しい瞬間。
マナガツオは表面にしっかりと焼き目が入り、香ばしさが立ち上がる一方で、身はふわっとほどけるような柔らかさ。噛んだ瞬間に、凝縮された脂と旨味がジュワッと広がり、海苔の風味と合わさって思わず笑みがこぼれる美味しさです。
過剰な調味は一切なく、焼きと包みのタイミングで味をまとめきる、職人技ならではの“完成されたシンプル”。
“毎回食べても飽きない”と言われるのも納得の、定番にして鉄板の一皿でした。
長崎・平戸産 甘鯛の酒蒸し
ここで供されたのは、ふんわりと湯気をまとった、長崎・平戸産の甘鯛の酒蒸し。
やや深めの器に盛られたその姿からは、和の穏やかな香りとともに、淡白ながらも確かな旨味を秘めた佇まいが伝わってきます。
皮目にはほんのりと火が入り、身は箸を入れるとほろりとほどけるほどに柔らかく、蒸し加減の妙が光ります。
やさしい酒の香りと出汁の旨味が甘鯛の繊細な身質を包み込み、噛むごとに自然な甘みと滋味がじわじわと舌の上に広がります。
上には刻んだ白ねぎが添えられ、清涼感と香りのアクセントに。
全体として過度な演出はなく、まるで食材の呼吸に耳を澄ますような、静けさを湛えたひと品。
華やかさではなく“滋味深さ”で印象を残す、優しい中盤の名脇役でした。
【握りのスタート】
温菜や酒肴でゆったりと流れていた時間が、ふたたび静かに締まる瞬間。
カウンターの中央、大将がまな板の前に立ち、研ぎ澄まされた柳刃包丁が魚の身に吸い込まれていくように入っていきます。
ここからいよいよ握りの始まり。
目の前で切り出されたネタが、まだ湯気の残るシャリと出会い、一貫一貫に命が吹き込まれていく。
その所作は一切の無駄がなく、言葉もほとんどない分、ピンと張り詰めた空気の中に、“食の本質”ともいえる静かな緊張感が漂います。
木の香り、包丁の音、ネタを置く指先の湿り。
すべてが五感に染み入り、これまでの料理とはまた違った、芯の通った時間の幕開け。
ここからが『菊鮨』の本領発揮。
このあと続く握りの数々に、自然と身体が正対するような感覚に包まれました。
握り一貫目:アオリイカ
握りの口火を切るのは、艶やかに透き通るような白――アオリイカの握り。
まな板の上で細やかに包丁を入れられた身は、舌にのせた瞬間にとろりとほどけ、ねっとりとした食感の奥に甘みが広がります。
ひと目で「仕事」がなされていることがわかるその表情。
繊細に隠し包丁を入れることで、噛まずとも解けるようなやわらかさが生まれ、シャリとの一体感を損なうことなく寄り添います。
イカの淡い香りと赤酢シャリのコクが重なり、ほのかに塩気を含んだ余韻が静かに長く続く。
強すぎず、しかし確かに「鮨が始まった」と感じさせてくれる、理想的なスタートでした。
メイチダイ
続く二貫目は、透明感を湛えた淡い白――メイチダイ。
九州近海でも限られた時期にしか出回らない希少な白身魚で、その身質と脂のバランスは“知る人ぞ知る逸品”。
ひと目でわかる端正な包丁の入り方と、ほんのりと艶を帯びた塩締めの肌。
赤酢のシャリと合わさることで、ほどよく締まった身にコシが生まれ、噛みしめるほどに繊細な甘みと上品な旨味が立ち上がります。
火入れも熟成もせず、そのまま出すことで活かされる素材の真価。
控えめな酸と塩が舌に心地よく、前貫のアオリイカからの流れを自然につなぐ、見事なリズム感を感じさせてくれる一貫でした。
ホッキ貝
ここで登場したのは、焼きの香ばしさが立ちのぼる一貫、ホッキ貝。
裏の炭場でお弟子さんが一枚一枚丁寧に炙り、その仕上がりを見極めたうえで、大将が手元で握りに仕立てるという、二人三脚で生まれる一貫です。
焼き目の入った表面は香ばしく、香りだけでも一貫分の食欲を誘うほど。
一方で身自体は決して硬くならず、ぷりっとした弾力の中にしっかりとした甘みと旨味が閉じ込められています。
火を通すことで引き立てられたホッキ特有の香りと、赤酢シャリの酸味が重なり、咀嚼のたびに旨味が増幅していくような余韻が印象的。
焼きの手間を惜しまず、一貫の完成度を最大限に引き上げる構成力に、職人技とチームの信頼関係を垣間見たひと皿でした。
キンメダイ
四貫目は、鮮やかな紅が美しいキンメダイ。
細やかな包丁が施された身は、皮目の歯ざわりと身のやわらかな質感が心地よく、じんわりとした脂の甘みが広がる。
特別な火入れや炙りを加えず、素材本来の旨みを引き出す仕立てで、シャリとの相性も見事。
繊細ながらも確かな存在感を感じさせる、印象深いひと握りでした。
のどぐろ丼風
キンメダイのあと、握りの流れを一度ほどくように供されたのは、どんぶり仕立てののどぐろ。
香ばしく焼かれた身はふっくらとして脂がのり、下にはほんのり温かいシャリ。
上には、甘く濃厚な海苔の佃煮が添えられ、香りと旨味の重なりが一体に。
握りの合間に挟む“繋ぎ”としての役割を超え、味わいの印象を新たに立ち上げるような一杯でした。
春子鯛(かすごだい)
五貫目は、春を感じさせる華やかな一貫、春子鯛。
やさしい桜色の身には細かく包丁が入り、舌あたりはなめらか。
ほのかな昆布締めの香りと熟成による旨味がふわりと広がる。
小鯛ならではの繊細さを損なわないよう丁寧に仕立てられており、シャリとのなじみも絶妙。
口に含んだ瞬間に季節感が立ち上がる、余韻の美しい一貫でした。
壱岐の一本釣り鮪 大トロ
この日の鮪は、夏に水揚げされた壱岐の一本釣り。
冬に比べ脂の量は控えめながら、その分、赤身本来の香りと旨みが引き立つ季節の味わい。
大トロの部位でありながら、しつこさはなく、滑らかな口当たりと澄んだ後味が印象的。
力強さよりも繊細さを感じさせる、夏ならではの鮪の表情が楽しめる一貫でした。
ハマグリ
ふっくらとした身質が美しいハマグリの握り。
絶妙な火入れにより、口に含むとじんわりと甘みが広がり、噛むほどに潮の旨みがあふれ出す。
上からかけられた艶やかな煮つめのタレが香ばしさを添え、貝の豊かな風味を引き立てていました。
繊細さと力強さが共存する、貝好きにはたまらない逸品。
鯖の棒鮨
終盤に差し掛かるタイミングで供されたのは、店の定番とも言える鯖の棒鮨。
しっとりと締められた鯖は、身の厚みもしっかりありながら、程よく脂がのっていて、シャリと一体となる優しい旨み。
表面には昆布がふわりと重ねられ、海苔で包んで手渡しでサーブ。
握りとはまた異なるアプローチながら、口の中でほぐれていく様子に、職人の技術と遊び心がにじむ。
手渡しでいただくことで、自然と背筋が伸び、ひと口ごとに感謝がこぼれるような、静かな余韻の残る一貫だった。
車海老
鯖の棒鮨の後に登場したのは、まさに王道ともいえる車海老。
しっとりと火入れされた身は、表面にうっすらと艶を纏い、ひと目でその丁寧な仕事ぶりが伝わる佇まい。
ぷりっとした歯ざわりとともに、海老本来の甘みがじんわりと広がる。
温かいまま提供されることで、シャリとの一体感が際立ち、柔らかくも芯のある風味に包まれる一貫。
素材の良さに頼るだけでなく、火入れ・温度管理・握りのタイミングまで隙のない一皿だった。
ムラサキウニ
続くのは、艶やかなムラサキウニの手巻き。
軍艦ではなく、シャリを包み込むように巻かれた海苔の香ばしさとともに、ふわりととろける濃厚な旨みが広がる。
提供直前に丁寧に殻から取り出され、丁寧に仕上げられたウニは雑味が一切なく、甘やかでまろやか。
鮨というよりも“極上の海のデザート”とでも言いたくなる一貫。
口いっぱいに広がる海の香りと甘み、パリッと弾ける海苔の食感が心地よく、終盤を飾るにふさわしい贅沢な一皿でした。
煮穴子
ラストを飾るのは、ふっくらと煮上げた穴子の握り。
口に運べば、ふわりとほどける身質の柔らかさに驚き、控えめながらも品のある甘辛いツメの香りが優しく広がる。
しっとりと炊かれた穴子は脂も程よく、全体を穏やかにまとめあげるような存在。
ここまでの流れを包み込むような一貫で、余韻を残しながら締めくくる構成力に感服しました。
干瓢巻き
最後に供されるのは、海苔の香りが立ちのぼる干瓢巻き。
艶やかに炊かれた干瓢は、しっとりとした口当たりと共に、奥行きのある甘辛さがじんわりと広がる。
ひと巻きに込められた丁寧な火入れと味のバランス。
潔く、そして美しく終わるための一本として、心に残る締めの存在でした。
干瓢巻きのあとに供されたのは、お椀でいただく赤出汁の味噌汁。
優しく染みわたる旨みに、ひと息つける穏やかな時間。
最後まで緩急のあるコース構成に、余韻がじんわりと続きます。
玉子焼き
〆にはしっとりとした口当たりの玉子焼き。
まるでカステラのような甘みとふわふわの質感で、
濃密な鮨の余韻をやさしく包み込むひと口でした。
クエ
お造りで登場したクエを、握りでも。
皮目をさっと炙ることで香りが立ち、
しっとりとした身に上品な脂が重なって、穏やかな余韻を残す。
甘鯛
さらにもう少し味わいたくてお願いした追加の2貫目。
しっとりと繊細な身質に、じんわり広がる上品な甘み。
噛みしめるほどに優しい旨みが染み出し、余韻までも心地よいひと握り。
トロ鉄火巻
最後は巻物で締めたくてお願いした一品。
香り高い海苔と酢飯、そしてとろけるようなトロの脂が三位一体となり、余韻を美しく着地させてくれる。
端正に巻かれた姿と、ひと口で広がる満足感に、この夜の幕引きとしてふさわしい締め巻き。
まとめと感想
相変わらず凛とした空気が流れる空間で、無駄のない所作と静謐な緊張感が一貫ずつに込められている。
目の前で仕上げられるシャリの香りが立ちのぼるたびに、気持ちも自然と整ってゆく。
赤酢のシャリは温度もほどけ方も心地よく、ネタとの調和に一切の迷いがない。
料理そのものは創作に走ることなく、素材と対話するように研ぎ澄まされた技で丁寧に導かれてゆく。
その静かな力強さが、最後の一貫まで確かな満足感をもたらしてくれる。
改装後は、弟子が握る別棟のカウンターや待合室が新設され、店全体としての在り方がさらに進化。
本カウンターの空気感はそのままに、店の姿勢そのものがより深みを増した印象だった。
予約とアクセス情報
住所:福岡県春日市春日公園3‑51‑3
最寄駅:JR鹿児島本線「大野城駅」徒歩約8〜9分/西鉄「白木原駅」徒歩約12〜14分
駐車場:店舗前に専用駐車場あり(約4台)
【営業時間】※完全予約制・一斉スタート制
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ランチ
①11:30〜13:50 ②14:00〜16:30 -
ディナー
18:00〜20:30 -
定休日:毎週日曜日(※2022年4月より変更)
【予約について】
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予約方法:
電話(092‑575‑0718)または Pocket Concierge から受付。
ネット予約では空席情報や事前決済、苦手食材の申告も可能で便利です。
人気店のため、希望日時がある場合は早めの予約が推奨されます。 -
予約開始のタイミング:
例として「7月1日〜9月30日分」は 8月1日 午前0時より受付開始。
予約開始日にすぐ埋まることもあるため、事前にリマインド登録を。 -
キャンセルポリシー:
キャンセルは2日前からキャンセル料が発生。
当日キャンセルはコース料金の100%。
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