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裏青(うらあお)について
コンセプト
福岡・奈良屋町「青」が、ある時期だけ静かに看板を変える夜——それが「裏青」。
大将・金田英之シェフが海外での研修やイベント参加で不在となる期間、厨房を任されるのは若手スタッフたち。
普段のコースとは異なる構成や趣向を凝らし、日々の営業では実現できない自由度の高い皿を組み立てていきます。
使う素材は同じでも、火入れや組み合わせはあえて既存の「青」とは違うアプローチを採用。
そこには、日々大将のもとで鍛えられた感性や技術を、自分たちの言葉で表現してみたいという挑戦心がにじみます。
常連客にとっては、いつもの空間でまったく新しい「青」に出会える稀少な機会。
おだやかな緊張感と創作の熱が同居する、数日間だけの“もう一つの青”です。
「裏青」担当:福島みきさん
今回「裏青」を取り仕切るのは、普段はペアリングのドリンクとサービスを担当しながら、実は料理人としての経験と技術を併せ持つ 福島みきさん。
和・洋・アジア各国の調理技術を背景に、サービス現場から料理の立ち上がりまで、全体を見通す視点を持っています。
料理人としての血はしっかりと息づいており、一皿に合わせたペアリングを緻密に設計するだけでなく、飲み物を通じて素材の香りや構成の芯を照らし出す役割も担っています。
その結果、ドリンクと料理が「交響的に語り合う」ような構成が生まれます。たとえば、ある皿に施されたほのかな熱の余韻を、日本酒の酸と静かに響き合わせたり、冷やした白ワインで酸味の輪郭を濃くしたり。
それは、テーブルに座ってただ“受ける料理”ではなく、“触れ合う体験”になる瞬間です。
裏青では、金田シェフのスタイルを支えつつ、福島さんならではのサービス感覚と料理への愛情が一体となった、新しいダイニングの形が生まれています。
普段の「青」とは異なる角度から光を当てられた料理は、食べ手にとって記憶の一点として深く刻まれることでしょう。
レストランの評価
今回は特別営業の「裏青」という場での体験だったため、通常営業における受賞歴やレストランとしての評価については触れません。
ここで大切にしたいのは、あくまで“裏青”という一夜限りの空気と、そこに立った福島みきさんの存在感。
普段の「青」とは異なるテーマ性と構成、その場でしか感じられない流れこそが、この夜を特別なものにしていました。
普段の「奈良屋町 青」の受賞歴やレストランの評価についてはこちらの記事をご覧ください。
ダイニングプレリュード
外観・エントランス
福岡・奈良屋町の、まるで時間が止まったかのような古びた路地裏に佇む「青」。
築80年を超える古民家を改装した黒塗りの木壁、その正面には、青一色の暖簾が静かにかかります。
控えめな提灯の灯りが暖簾をやわらかく照らし、外界との境界線をそっと曖昧にしてくれるようです。
この夜は「裏青」。
よく見ると、暖簾に染め抜かれた「青」の文字が、裏返しになっています。
普段は正面を向くその文字が、今日は裏からこちらを覗くように。
それは、この特別営業のために金田英之シェフが用意した、さりげないけれど心に残る粋な計らい。
いつもの「青」がひっくり返り、もう一つの顔を見せる夜であることを、暖簾が静かに告げていました。
扉を開く前から、すでに物語は始まっています。
ダイニングスペース
扉をくぐると広がるのは、幅広の木製カウンターを配したL字型のダイニング。
わずか9席、どの席からも厨房の手元まで見渡せる設計です。
低めに抑えられた照明が、カウンターの艶やかな木目と皿の上の色彩を際立たせます。
「裏青」の夜、席には濃紺のナプキンと品書きが静かに置かれていました。
ナプキンには店名「青」の文字、品書きにはその夜限りの献立が一列に並びます。
箸とスプーンが添えられ、洋と和の境界を越えるコースであることをさりげなく示しています。
整然としたセッティングの中に、料理人とゲストが向き合うための余白がしっかりと確保されており、目の前の皿と香りに意識を集中させてくれる空間です。
メニュープレゼンテーション
席に置かれた品書きには、豚足とフォアグラから始まり、ビーフシチューやバニラまで、全12品が静かに並びます。
和の食材名がところどころに見えるものの、構成は洋食を軸にした流れ。前菜からメイン、デザートに至るまで、ストーリーを描くように順を追って展開されていくことが予感されます。
「青」の通常営業が和と洋の境界を越えて繊細に組み立てられているのに対し、この夜の「裏青」はよりカジュアルかつ直線的。
フォアグラやサフラン、トマト、マカロニ、ハンバーグといった食材の並びは、洋食の香りを濃く漂わせます。
それでいて、松坂牛に添えられる西洋わさびや、素麺を用いた一皿など、随所に“青らしさ”を感じさせる仕掛けが潜んでいる。
品書きを手にした瞬間から、これまでの「青」では味わったことのない、温かみのある洋食的な時間が始まる予感に包まれます。
実際に味わった料理
スペシャリテ:黒い饅頭
一皿目に登場したのは、「青」でもおなじみのスペシャリテ。
漆黒の饅頭の中には、フォアグラ、豚足、そして香り高いトリュフを合わせた餡が詰まっています。
皮はもっちりとしながらも薄く、かじると熱々の餡がとろりとあふれ出し、鼻腔を抜ける香りが一気に広がります。
濃厚な旨みと甘み、トリュフの華やかさが絡み合い、序盤から一気に食欲を引き上げる一皿。
「裏青」でもこのスペシャリテが据えられているのは、金田シェフの世界観を受け継ぎつつ、自分たちの構成に組み込むという意志の表れのように感じられます。
この熱を帯びた饅頭を口にした瞬間から、夜のテンポが決まっていきます。
とうもろこしとトンカ豆
二皿目は、カップの底に忍ばせたトンカ豆のゼリー。
まずはそのままの状態で目の前に置かれ、そこへムース状に仕立てたとうもろこしのスープが静かに注がれます。
注がれた瞬間、とうもろこしのやわらかな甘みと、トンカ豆の甘くスパイシーな香りがふわりと広がり、空間をやさしく包み込みます。
ゼリーは、トンカ豆ととうもろこしの芯をじっくりと煮出し、香りと旨みを凝縮して抽出したもの。
スープと混ぜながら底から掬うと、とうもろこしの穏やかな甘みとトンカ豆のアーモンドのような香りが重なり、やわらかくほどけるような余韻を残します。
香りのレイヤーと舌の上での質感の移ろいが印象に残る一皿でした。
琵琶鱒とフルーツトマトのサラダ
続く一皿は、琵琶鱒とフルーツトマトを合わせたサラダ。
透明感のある器に盛られた鮮やかな色合いが、カウンター越しの空気をぱっと明るくします。
瑞々しいフルーツトマトの甘みと、やわらかな琵琶鱒の旨みが重なり、口の中でしっとりと溶け合う。
緑のソースはバジル。香り高く、魚とトマトの甘みに清涼感を添えています。
ところどころに散らされた小粒の実は、噛むたびに軽快な食感を加え、柔らかな食材の中で小気味よいアクセントに。
軽やかな皿ながら、食感と香りの組み合わせによって印象が立体的になり、次の料理への期待を自然と高めてくれます。
夏野菜と車海老のリゾット
色鮮やかな夏野菜と車海老を合わせたリゾット。
器の中には、にんじん、ズッキーニ、パプリカなどの角切り野菜が散りばめられ、穏やかな彩りで目を楽しませます。
ひと口含むと、米の芯をわずかに残した歯ざわりと、海老の旨みが染み込んだ出汁の風味が広がる。
野菜はそれぞれに食感を保ち、米と同じスプーンの中で異なる歯ごたえを奏でます。
車海老の甘みが全体をやわらかくまとめ、夏らしい軽やかさを持ちながらも満足感のある一皿でした。
松坂牛ランプのローストビーフ
洋食の定番、ローストビーフ。
この夜は、三重・松坂から届いたランプ肉で仕立てられた一皿です。
仕入れ先は、飯塚で焼肉店と精肉店を営む Mr.青木さん。
奈良屋町「青」でも日常的に扱われている牛肉で、きめ細かな赤身と凝縮した旨みが印象的です。
薄く切られた肉の上には細かく刻んだ葱と、たっぷりと削った西洋わさび。
噛みしめるたびに、しなやかな肉の繊維から深い旨みが広がり、葱の香りとわさびの清涼感が後味をきりりと引き締めます。
皿の下に敷かれたソースが肉の甘みをやわらかく支え、シンプルながら奥行きのある味わいに仕上がっていました。
定番でありながら、素材の背景と火入れの確かさが光る、記憶に残るローストビーフです。
毛蟹とマカロニのグラタン
鉄鍋の蓋を開けると、ふわりと立ち上がる甲殻の香り。
中には、ほぐした毛蟹の身とマカロニを合わせ、濃厚なホワイトソースで包み込んだグラタンが熱を湛えています。
チーズがとろけて糸を引き、スプーンですくうと蟹の赤とソースのクリーム色が絡み合う。
口に運べば、毛蟹の甘みとホワイトソースのまろやかさが一体となり、マカロニの弾力が心地よいリズムを加えます。
甲殻の旨みが最後までしっかりと残り、洋食的な温もりの中に贅沢さが光る一皿でした。
鱧バーガー 〜フィレオフィッシュ風〜
ふっくらと揚げた鱧を主役に据え、たっぷりのタルタルソースとともにサンド。
バンズは、福岡の人気ベーカリー「パンストック」さんに特別に成形してもらったもの。しっとりとした食感と香ばしい風味が、淡白な鱧の旨みを引き立てます。
彩りを添えるのは、「奈良屋町青」でもお馴染みの久保田農園さんのフレッシュハーブ。ほろ苦さや爽やかな香りが、口の中でタルタルのコクと心地よく調和します。
洋食のフィレオフィッシュを思わせながらも、素材と仕立てでしっかり“裏青”らしい一皿に仕上がった特製バーガーです。
トマトのコンソメジュレとフルーツトマト 素麺仕立て
「奈良屋町 青」らしい和と洋の調和を感じさせる一皿。
旨みを凝縮させたトマトのコンソメジュレと、甘み豊かなフルーツトマトを合わせ、しっとりと冷やした素麺に絡めています。
ひと口ごとに、ジュレのやわらかな酸味と旨みが麺に広がり、フルーツトマトのジューシーさがアクセントに。見た目も涼やかで、夏のコースに心地よい清涼感を添えてくれます。
椎茸のクリームソースを添えたハンバーグ
メインディッシュには、肉の旨みを存分に引き出したハンバーグ。外は香ばしく、中はふっくらジューシーに焼き上げられています。
ソースは椎茸をたっぷり使った濃厚なクリーム仕立て。椎茸の香りと旨みがクリームのまろやかさと溶け合い、肉汁と相まって一口ごとに贅沢な味わいが広がります。
シンプルながら、手間を惜しまない丁寧な仕事ぶりが感じられる、王道かつ特別感のある一皿です。
洋食の香り漂うバターライス
欧風レストランの定番として親しまれるバターライス。炊き立てのご飯にバターを絡め、ふんわりと立ち上る芳醇な香りが食欲をそそります。
シンプルながら、洋食のコースを締めくくるのにふさわしい一皿。クリームソースや肉料理との相性は抜群で、ハンバーグと合わせれば、まるで昔ながらの洋食屋さんを思わせる温かな味わいが広がります。
金田シェフ渾身のビーフシチュー
コースの締めくくりにふさわしい、深みのある味わいのビーフシチュー。使用するのは、奈良屋町「青」でもおなじみの信頼の仕入れ先・Mr.青木さんから届いた頰肉。
金田シェフが約3時間かけてじっくりと煮込み、肉はスプーンでほぐれるほど柔らかく、ソースには赤身の旨みとコクがしっかりと溶け込んでいます。
合わせるのは、洋食の王道・バターライス。芳醇な香りのライスと濃厚なシチューを一緒に頬張れば、懐かしさと贅沢さが同居する幸福な一口に。
デザート & フィナーレ
洋食屋さんの余韻を残すバニラアイス
最後を飾るのは、クラシックな洋食屋さんからそのまま運ばれてきたような、丸く美しいフォルムのバニラアイス。艶やかな表面にはバニラビーンズの粒が散り、見た目からも上質さが伝わります。
ガラスの器越しに光を受けて輝くその姿は、まるで宝石のよう。添えられたストライプ柄のチョコレートスティックが、可愛らしいアクセントとなり、シンプルな中にちょっとした遊び心を演出しています。
透明感のある大ぶりのグラスに注がれたのは、スペアミントとレモングラスを合わせたハーブティー。
立ち上る香りは、清涼感のあるミントと、爽やかな柑橘のようなレモングラスの風味が重なり、ひと口含む前から心を解きほぐします。
レモングラス好きにはたまらない、香りの余韻まで楽しめる一杯です。
まとめと感想
奈良屋町「青」の立ち上げから、金田シェフを陰で支え続けてきた存在は、まるで舞台裏で音楽を紡ぐオーケストラの指揮者のよう。
今回の洋食・欧風レストランをテーマにしたコースでも、その役割は揺るぎなく、遊び心あふれる一皿一皿に確かな安心感と品格を添えていました。
丁寧な仕込みや火入れの正確さ、素材の良さを引き出すための的確なタイミング、そして味の輪郭をきちんと残す塩梅──それらは長年の現場経験と職人としての誇りから生まれるもの。
金田シェフのクリエイティブな発想を現実の皿へと落とし込み、さらにゲストが心地よく過ごせる空気感まで作り出す姿は、まさに「縁の下の力持ち」でありながら、存在そのものが料理の一部となっていました。
普段の奈良屋町「青」では見られないオムニバス感のある構成も、この安定した基盤があるからこそ成り立ち、最後まで物語を読み進めるような食体験へと昇華していたのが印象的でした。
予約とアクセス情報
予約方法(裏青に限って)
「裏青」の予約は、店の公式SNS(主に Facebook や Instagram)で開催日程と予約受付日時が告知されます。
告知の中には必ず「予約方法」が記されており、専用フォームからの受付、あるいは特定のメールアドレス/サイトへのリンクが設けられます。
DMでの予約は不可と明記されている点も特徴です。
席数は限られており、受付開始と同時に満席になることが多いため、告知された時間直後のアクセスが鍵となります。
また、通常営業で訪れた常連客がその場で「裏青」の予約を済ませているケースも少なくなく、一般の受付分は非常にタイトな枠と考えておいたほうが現実的です。
アクセス情報
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住所:福岡県福岡市博多区奈良屋町4-11-3
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最寄駅:地下鉄空港線「中洲川端駅」徒歩約5〜6分/地下鉄箱崎線「呉服町駅」徒歩約6分
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アクセス:JR博多駅からタクシーで約5分、バス停「博多五町」から徒歩2〜3分
営業時間(裏青)
「裏青」は 期間限定の特別営業 であり、開催日程や営業時間はイベントごとに異なります。
通常の奈良屋町「青」のように一斉スタートの形を取る場合もありますが、具体的な時間帯は毎回の告知に従う必要があります。
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