BISHOKU QUEST

旅先で出会った、心に残るひと皿を

『BISHOKU QUEST』は、日本各地の美食を求めて旅をするグルメブログです。
シェフのこだわりや地元食材の魅力、料理の背景にある物語を、写真と共に丁寧に綴ります。

初音鮨(はつねずし) について

コンセプト

東京・蒲田に店を構える「初音鮨」は、明治26年創業の老舗。白壁の佇まいの先には、「海」「山」と名付けられた二つのL字カウンターがあり、完全予約制のおまかせコースを中心に、客人を迎え入れる。
羽釜で炊いた米をその場で酢飯に仕立てる所作から始まり、赤酢や白酢の配合によって旨味や酸味を繊細に調整。砂糖を用いない潔さは、魚そのものの香りや甘みを引き立てるため。
単に鮨を供するのではなく、試食や語りを交え、握りを手渡しする所作まで含めて「舞台」として構築された時間。素材とシャリ、順番と温度、その一瞬ごとに最適な形で鮨を味わわせることを使命とする姿勢が、この店の核になっている。

その姿勢は海外にも広がり、2023年にはイタリア・ミラノでのポップアップを経て、2025年には「Hatsune Sushi Milano」を常設展開。蒲田で磨き上げた江戸前鮨の体験をそのまま現地に持ち込み、文化を越えて共有する挑戦を続けている。
老舗としての伝統を守りながら、次世代の職人育成や海外展開にまで視野を広げる柔軟さ。初音鮨の歩みは、鮨そのものを体験として届けるための絶え間ない進化といえる。

四代目・中治勝 大将について

四代目・中治勝氏は、大学卒業後に銀座の割烹で修業を積み、家業を継いだ。大きな転機となったのは、女将である妻の病。限りある時間を強く意識するようになり、「今日最高の鮨を出す」という信念を鮮明にしたという。
それ以来、料理と接客のすべてを「体験」として磨き上げ、鮨そのものはもちろん、炊き立ての米を切る姿、語り、握りの瞬間までを演出として昇華。
中治氏の語り口は親しみやすく、客席は自然と笑いと期待に包まれる。鮨を食べる時間そのものを特別な舞台へと変えてしまう。
ミシュラン二つ星を長年維持しながらも、若手を舞台に立たせ育てていく姿勢も印象的。老舗を背負いながら、次の世代へとバトンをつなぐことを怠らない。名実ともに、東京を代表する鮨職人のひとりだ。

レストランの評価

初音鮨(蒲田)は、日本国内での長年にわたる評価に加えて、海外での展開を通じてもその名声を確固たるものにしている。

東京では、食べログにおいて“寿司百名店”や「Tabelog Award」のランキングに繰り返し選出されており、2025年もBronze受賞を果たしている。 このような実績は、鮨そのものの技術・素材・提供体験が評価されている証拠である。

一方、イタリア・ミラノでの活動も、初音鮨の国際的評価を高める大きなステップとなっている。2023年2月から3月にかけて、ミラノのRONIN 浪人でポップアップ営業を実施し、火曜から土曜の夕方・夜に8名ずつの少数制・予約制という形式で提供された。 さらに、2025年1月にはRONIN内に常設店「Hatsune Sushi Milano」がオープンし、ミラノの食文化に “江戸前” 的な鮨体験を持ち込む試みが本格化している。

このミラノでの展開においても、初音鮨のスタイル――シャリや魚、所作、おまかせコース、カウンターでの手渡しの握りなど――を忠実に再現し、現地の美食愛好家・カルチャー愛好者から注目を集めていることが、SNSやレビュー等から読み取れる。

国内外を通じて、「伝統」と「革新」の両者を兼ね備えた鮨職人としての評価を確立している初音鮨。蒲田で育んだ江戸前鮨の技術を、ミラノという異文化の地でどう受け入れられ、どう提供されるか、その試みがそのまま店の評価を押し上げるひとつの柱になっている。

 

ダイニングプレリュード

外観・エントランス

蒲田駅から歩いて5分ほど。住宅街と商業エリアが交じる通りを進むと、白壁の建物が現れる。「緑に囲まれた白壁の建物」という表現が公式サイトにもあり、外観から既に静かな佇まいを放っている。

ドアは洋風のデザインを取り入れており、和風鮨屋のイメージとは少し異なるモダンな印象。可愛らしさと上質さが同居していて、店構えだけで「ただならぬ店」だと気づかせる佇まい。

入口付近はあまり派手さを抑えており、ごく落ち着いた佇まい。看板や照明も控えめで、周囲に溶け込みながらも自身の存在感を丁寧に示すデザイン。暖色の灯りが外壁をぼんやりと照らし、夜間には一層、その品の良さが際立つという口コミも見られる。

入口のドアを開けると、間口はそれほど広くないが、待合スペースがあり、靴を脱いで上がる造りになっているとのレビュー。高級旅館や日本の伝統的な和の邸宅のように、「外→内」の移行に緊張と期待が伴う設計。

ダイニングスペース

店内は、ふたつのカウンタールームで構成されている。「山」と「海」と名付けられた二つの部屋は、いずれもL字型のカウンターを中心に据え、鮨を食べるためだけに設計された空間。

今回は「海」の部屋へ。白木のカウンターに柔らかな照明が落ち、壁には穏やかな波を思わせる意匠が配されている。外観の静かな白壁から一歩入ると、そこには非日常の舞台が広がっていた。カウンターの内側で炊きあげられる羽釜ご飯の湯気、切り分ける所作、握りの動作まですべてが視線の届く距離にあり、その一挙一動が空間全体の空気を形づくる。

「山」の部屋が落ち着いた荘厳さを感じさせるのに対し、「海」の部屋はより伸びやかで、どこか清涼な印象がある。波のように連なる握りの流れを、最前列で体感するための舞台。その中で供される一貫一貫は、空間の雰囲気と一体となって味わいを深めていた。

メニュープレゼンテーション

初音鮨が新たに打ち出した「第五世代おまかせコース」は、創業130年を超える歴史の中で、次の時代を担う若手職人たちが主役となる試み。砂原隼斗、芳池大輝、梅木省吾、武川周平の4名がカウンターに立ち、15貫の握りとあら汁を提供する。

炊きたての羽釜ご飯をその場で酢飯に仕立てる「シャリ切り」から始まる構成は、大将のコースと同じく舞台性を備え、客を引き込む。序盤には本鮪の赤身や中トロ、小肌、青利烏賊といった鮨の王道が続き、香箱蟹や春日子鯛など季節を映す一貫も交えて流れを組み立てていく。握りはすべて手渡しで、温度や湿度まで計算された一瞬の旨味を味わわせる。

価格は6,600円(税込)と、親方のコースと比べると手の届きやすい設定。とはいえ、味わいや所作、構成は決して簡略化されたものではなく、若手の真剣さが伝わる内容になっている。老舗の伝統を支える技を受け継ぎながら、未来の初音鮨を見据えた挑戦ともいえるコースだ。

実際に味わった料理

シャリ切りからの幕開け

コースは羽釜の蓋が開かれる瞬間から始まった。
担当するのは第五世代の中でももっとも新しく加わった若手。炊きたての米の香りと蒸気が一気に立ち上り、カウンター全体に湯気が広がる。

初音鮨のシャリには、新木場の横井醸造が手がける「4年熟成」の酢を使用。酸味の角が立つ立ち上がりから、時間とともに丸みを帯びていく。その変化を見越して、炊き上がり直後の米を丁寧に飯台に移し、切るように酢を馴染ませていく。

使用する炊飯器具も独特だ。もとは海外製のバーベキュー用器具を米用に特注で転用したもので、400度から700度という高温帯を操り、わずか10分ほどで米を炊き上げる仕組み。蒸しかまのような構造で、一粒一粒が立ち上がり、そこに酢を加えると立体的な香りと蒸気が舞い上がる。

握りを待つ前のこの「シャリ切り」自体が、ひとつの舞台演出。鮨の土台である米をどう仕立てるか、そのこだわりと緊張感が、コースの幕開けを鮮やかに告げていた。

シャリ切りを終えた直後、仕上がったばかりの酢飯をほんのひとつまみ、客それぞれの手のひらにのせてくれる。まだ熱を帯びた粒が手の温度に伝わり、鼻先には酢と米の立ち上がる香りが届く。

この瞬間に味わうのは、まだ魚をまとわない「シャリそのものの味」。粒の立ち上がりと、横井醸造の4年熟成酢の酸がふわりと広がり、噛むほどに米の甘みが追いかけてくる。鮨の基盤がいかにして組み立てられているのかを、体感として知ることができる演出だ。

一貫目の握りに向かう前に、まず“土台の味”を確かめてもらう。その確信を胸に、ここから鮨の物語が始まっていく。

宮城県・塩釜の鮪

この日の最初の握りに登場したのは、宮城県・塩釜から届いた鮪。大ぶりの柵を堂々とカウンターに据え、切り分けていく所作はひとつの見せ場でもある。

鮪は回遊魚で、平均体温は28〜30度とされる。一方で、保管の際は1〜2度の冷蔵環境に置かれるため、脂は固まった状態になる。そこで初音鮨では、皿をおよそ60度に温め、その上に鮪をのせる。すると脂がほどよく溶け、魚体本来の旨みと甘みが立ち上がり、最も美味しい温度帯で口に運ばれる——と説明される

鮪三種 — 赤身・中トロ・おはぎ

最初に供されたのは鮪の赤身。宮城・塩釜の鮪を塩で仕立て、素材本来の香りを直に味わわせる。米の熱と馴染み、酢の酸味と塩の粒が赤身の旨みをくっきりと際立たせていた。

続いて中トロは醤油で。赤身に比べて脂がほどよく混じり、舌に広がる甘みと香ばしい醤油の香りが合わさることで、赤身とはまた異なる奥行きを見せる。

そして三つ目は、赤身と中トロの端を叩いてまとめた「おはぎ」。ねっとりとした食感に、上から添えられた秋田のいぶりがっこが香りのアクセントを加え、ひと口の中に鮪の力強さと燻香が重なり合う。
鮪を三段階で見せることで、同じ魚の持つ多様な表情を実感させてくれる構成だった。

コハダ

続いて供されたのは、初音鮨のスペシャリテのひとつであるコハダ。
小骨が多い魚であるため、締めと熟成を重ねることで骨を旨味へと転化させ、カルシウムごと味わうように仕立てられている。

さらに印象的だったのは、握り方へのこだわり。一般的には皮を上にして握られることが多いが、ここでは「身側を表」にして提供される。これは皮の風味に偏らせず、身の甘みと酸の調和をより鮮明に感じさせるため——と説明される。

皿も少し温められており、口に運ぶ瞬間に脂がやわらかくほどけ、身とシャリが自然に馴染む。繊細な仕込みの積み重ねが、一貫の中に凝縮されていた。

春子鯛

次に登場したのは春子鯛(かすごだい)。まだ小ぶりな鯛であるため、複雑な仕事を施すことはせず、シンプルに火を通すだけの仕立て。

余計な手を加えないことで、繊細な身の甘さとほのかな香りがそのまま引き出されている。小さな魚だからこそ生きる、潔い一貫だった。

サワラ

続いて供されたのはサワラ。
この日は「5.5キロ級」という大物ながら、時期的にまだやや早く、脂は控えめとのこと。その分、皮目を高めに焼き、香ばしさをまとわせることで旨味を補い、身の淡さを引き立てている。

炙られた皮から立ち上がる香りが口に含む前から広がり、噛むほどに淡白な身の中に穏やかな甘みが顔をのぞかせる。素材の状態を見極め、その日の最適な形で提供する初音鮨らしい一貫だった。

次に供されたのは蛤。
口に運ぶとまず、ふっくらとした身の厚みが際立つ。貝ならではの弾力と、噛むほどにじんわり広がる磯の香り。そこにシャリの酸が寄り添い、重たさを感じさせない仕上がりになっている。

江戸前の代表格ともいえる一貫を、シンプルに、そして力強く提示する。初音鮨らしい王道の一皿だった。

イワシ

続いて登場したのはイワシ。
銀皮がきらりと光る身の上には、葱と生姜を合わせたものが添えられている。脂ののったイワシの濃厚な旨みに、生姜の清涼感と葱の香りが重なり、独特の立体感を生み出していた。

脂の強さをそのままにせず、薬味を掛け合わせることでバランスを整える。シンプルながら、手の内の冴えを感じさせる一貫だった。

メイチダイ

次に供されたのはメイチダイ。
銀白の鱗模様が美しく、軽く皮目を炙ることで香ばしさが引き立つ。しっかりとした身質ながら、噛むほどに甘みが広がり、程よい脂が後味をやわらかくまとめてくれる。

見た目の華やかさと味の奥行きが同居する一貫。初音鮨の流れの中で、印象的なアクセントとなっていた。

親方の登場

ここで思わぬサプライズ。
初音鮨の親方が挨拶に姿を見せてくださった。普段必ずいらっしゃるわけではなく、この日は偶然の巡り合わせ。気さくに写真にも応じてくださり、次のネタの説明なども直接していただけた。

店全体を包み込むような温かさと、長年の経験に裏打ちされた安心感。料理の流れに親方自らが関わることで、その一瞬が特別なものへと変わった。思いがけないひとときに、こちらまで自然と笑顔になった。

サンマ

ここで供されたのはサンマ。
今年は豊漁で脂がよく乗っているとのことで、ひと塩してから軽く炙り、香ばしさを残す仕立て。大ぶりに切りつけられた身は存在感があり、噛むほどに脂の甘みと炙りの香りが重なって広がる。

旬の力強さをそのまま鮨へと落とし込んだ、贅沢な一貫だった。

甘エビ

続いて登場したのは甘エビ。
身の下には、エビ味噌を軽く火入れして忍ばせてある。ねっとりとした身の甘さに、味噌の濃厚な旨みと香ばしさが重なり、一口の中に複層的な味わいが広がる。

ただ甘いだけでなく、火を入れることで引き出されたコクが後味を引き締める。小さな工夫で甘エビの存在感を大きく高めた一貫だった。

カツオ

次に供されたのは、身に白い脂が浮かぶほど脂の乗ったカツオ。
漬けには、初音鮨が長年守り継いできた「22年もの」の醤油が使われている。毎日欠かさず、5%の塩と5%のお酒を加えて火にかける作業を続け、魚から染み出す水分が加わることで、まるで焦がし油のような深い香りが醤油そのものに宿る——と説明された。

仕上げには、刻んだ葱とわさびを塩漬けにした薬味が添えられ、脂の強さを引き締める役割を担う。
一口に含むと、濃厚な旨みの層が立ち上がり、長い時間をかけて育まれた味の記憶が鮮やかに響く。

鮨という料理を越えて、初音鮨の歩みそのものを感じさせる、強く印象に残る一貫だった。

穴子

コースの終盤に登場した穴子。
ふっくらと煮上げられた身は驚くほど柔らかく、口に含むとすっとほどけていく。仕上げには煮詰めの艶やかなタレが塗られ、香ばしさと甘みが優しく寄り添う。

握りの流れを締めくくるにふさわしい、安心感と華やかさを兼ね備えた一貫だった。

アラ汁

最後に供されたのは、魚の旨味を余すことなく引き出したアラ汁。
香ばしく炊き出された出汁に、つるりとした七味素麺が忍ばせてあり、程よい辛味が全体を引き締める。

寿司の余韻を優しく包み込みながらも、最後までしっかり印象を残してくれる一杯だった。

かんぴょう巻き

締めには、江戸前寿司の定番・かんぴょう巻き。
提供前にわさびの有無を確認してくれる心配りがあり、それぞれの好みに合わせて仕立てられる。
巻物は別の若手職人が担当し、真剣な手さばきで仕上げられた。

卵焼き

最後に供されるのは、やや甘めに仕上げられた卵焼き。
江戸前寿司の流れを締めくくる定番であり、食後の余韻を整えてくれる存在。
満腹の客には「シャリ抜き」にも対応してくれる心遣いが印象的だった。

まとめと感想

今回の「第五世代コース」は、単なる寿司の提供にとどまらず、世代をつなぐ物語そのものだった。
若手職人たちは一貫一貫を真剣に握りながら、素材の扱い、火入れ、温度管理、そして客への説明までを自分の言葉で伝えてくれる。その姿には、確かな技術と知識の積み重ねが感じられた。

一方で、要所要所には親方が登場し、時に言葉を添え、時に笑顔で場を和ませる。すべてを自分で抱えるのではなく、若手に任せることで育てていく。その姿勢にこそ、この店が長年支持され続ける理由があるのだろう。

伝統を守りながらも進化を止めず、新しい世代へバトンを渡していく。老舗の重みと未来への希望、その両方を感じさせる時間だった。
「寿司を食べる」という体験を超えて、「寿司文化の継承」に立ち会っているような特別なひととき。初音鮨が目指す未来と、その歩みに触れられたことが、何より印象深かった。

予約とアクセス情報

予約方法

初音鮨は完全予約制。来店には事前予約が必須で、主にオンライン予約サイト(TableCheckなど)から予約を受け付けている。予約時にはクレジットカード登録による事前決済システムが採用されており、予約確定後の変更やキャンセルには一定の制限があるため注意が必要だ。

予約受付は月ごとに設定されており、基本的には前月の7日頃から予約受付が開始される仕組み。人気店のため席数は少なく、早い段階で埋まることも多い。

アクセス情報

住所:東京都大田区西蒲田5-20-2
最寄り駅はJR蒲田駅(西口)から徒歩約5分。駅から商店街を抜けた住宅街の一角にあり、緑に囲まれた白壁の建物が目印となる。

都心からもアクセスしやすく、JR京浜東北線を利用すれば東京駅や品川駅方面からも比較的スムーズに訪れることができる立地だ。

営業時間

営業日:月・火・木・金・土
定休日:水曜日・日曜日

第五世代コース
・ランチ:13:00 / 15:00
・ディナー:17:00 / 19:00

カウンターは一斉スタート形式で、開始時間が決まっている。遅刻するとキャンセル扱いになる場合もあるため、少し早めの到着が推奨されている。

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「知られざる美食の旅へ—心と五感で味わう特別なひとときを」

BISHOKU QUESTは、全国の厳選された美食スポットを巡るグルメ探求プロジェクトです。
地元の食材を活かした料理、シェフのこだわりが詰まった隠れ家的なレストラン、食を通じて地域の文化や歴史を体験できる場所を厳選してご紹介。
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